「和技香 和季〈かずき〉」田中和己さんの「やってみる」精神 


Posted on 2015-10-20



調布を東西に走る旧甲州街道は、かつて多くの旅人が行きかった歴史ある旅路です。調布駅北口を出てすぐにある商店街、上布田商栄会にはいまでもその歴史を感じさせるお店が多く残っています。今回はそんな商店街にある和雑貨屋さん「和技香 和季〈かずき〉」の田中和己さんにお話を伺いました。お店の歴史を守りながら、常に新しい試みを続けてきた田中さんの「とにかくやってみる」精神は、これから新しく商売をしたい人にとって大きなヒントになるはずです。

「この店を守らないと」っていう意識はあんまりなかったかも

「和季」は1947年創業の老舗の和雑貨屋さん。戦争から帰ってきた田中さんのお父さんが一から始めたお店です。創業当初は「ヤマヤス陶器店」という屋号で陶器を専門に扱うお店でした。

創業当時の貴重な写真。看板には「ヤマヤス陶器」の文字が。
 
 
田中さんが本格的にお店の手伝いを始めたのは高校を卒業してすぐの頃。当時はご両親と長男のお兄さんがこのお店の経営をしていました。四人兄弟の四男である田中さんは、そこまでこの店を継ぐという発想はなかったと言います。
 
 

僕が高校を卒業するくらいの時に、店の売り上げが落ちてきてね。そんなある日、親父の様子を見ていたらなんだか歳取って見えてきてさ、親父がかわいそうに思えてきちゃったんだ。それに自分も18、19歳でやりたいこともわかってなかったし、自分の店を持つのもいいだろうっていうくらいの気持ちで始めたんだよ。そんなきっかけだけど気付いたらもう40年近く前なんだね」

 

お店の奥の教室で話を伺いました
 

そう明るく話す田中さんですが、大きく変わってきた調布の街で商売を続けるのは簡単ではなかったはずです。何かヒントがあるのではと思いながらインタビューをさせて頂いて見えてきたのは、「とにかくやってみる」というスタンスを大切にしているということでした。そのことを象徴するようなエピソードも教えてくれました。

とにかくやってみた、露天商の経験

 

お店を手伝い始めたのと同じくらいの時期に、実は露天商の仕事を一年くらいやったことがあるんだよ。神奈川県の団地の中とか駅前の空いてる場所で物を売ってたんだけど、それがすごく楽しかった」


その時期はお兄さんが独立した後で売り上げが下がっていたそうで、お店にはあまり予算もありませんでした。それでも田中さんは自分にできることを見つけていろいろ挑戦したそう。
 

「露天商なんてやったことないからさ、やり方がわからなくてね。それに十分なお金もないから商品を置くテーブルすら買えないんだよ。で、どうしたかというと、当時お店で売ってた植木鉢を土台にして、その上に家の戸板を外してのっけてテーブル代わりにしたんだよ。いま思うとテーブルも買えなかったのかよって笑っちゃうよね」



手元にあるもので、できることからやってみる。田中さんが若い頃に身につけたこの姿勢は数十年後、思わぬ形で活きることになります。

「調布手拭い」誕生裏話

和季は陶器のお店としてスタートしたお店ですが、近年では和タオル・手ぬぐい・風呂敷・エプロンなど布製品の取り扱いもしています。



特にオリジナル商品である「調布手拭い」は、布の街・調布の歴史を現代に引き継ぐお土産として人気を得ています。



この「調布手拭い」の誕生の裏にあったのも、やはり田中さんの「やってみる」精神でした。

 

「もともと日本橋の手ぬぐい屋さんから手ぬぐいを仕入れていただけだったんだけど、ある日そのお店の人と調布の話をしてね。調布は深大寺もあるし飛行場もあるし、図案にしやすいものがいっぱいありますよねって盛り上がって、図案を提供してくれた。で、つくりました(笑)俺ね、基本的に拒否はしないんですよ」


この田中さんの素早い判断と行動で生まれた「調布手拭い」は評判を呼び、調布市制施行60周年・武者小路実篤記念館開館30周年・武者小路実篤生誕130周年を記念して販売された「実篤手ぬぐい」の話にもつながりました。

「調布手拭い」のストーリーには、歴史を守りつつ時代の変化に合わせてお店も変えていく田中さんのすごさが詰まっているような気がします。そんな話をすると田中さんは「外から見るとそうかもしれないけど、俺的には変えないとやっていけなかっただけなんだ」と笑っていました。この田中さん持ち前の明るさも商店街の魅力の一つになっています。

このように、いまでこそ地元の商店街で活躍している田中さんですが、仕事を始めた当初は地域とのつながりがほとんどなかったと言います。そんな状況からどうやってつながりができていったのでしょうか。


自ら築いていった地域とのつながり

高校を卒業してお店を継がれた田中さん。その当時は、地域とのつながりも薄くなっていたそうです。というのも、調布出身の田中さんですが、中学校からは調布の外に出ていったため地元の人との交流が少なく、知り合いもあまりいなくなっていました。

地域とのつながりは自分からつくっていかないと生まれない。このことは地元のお店とはいえ田中さんも例外ではなく、自ら地域との関わり方を探していきました。

 

「ある日、小学校の同級生とたまたま再会してね、漫画の貸し借りをしたんだ。そいつがいいやつで久しぶりだからお茶でもしようかって誘ってくれた。それが最初だったな。そこから消防団や商工会の青年部とかいろんなところに顔を出していった。そしたらすごくいい関係ができて、旅行に行ったり飲み会をしたり仲間ができたんだ。そこでできた仲間とは今でも会うし、青年部は部長までやらせてもらったよ」


いまでは地域のお祭りにも中心になって参加しているという田中さんも、最初は少しずつ地域とのつながりを築いていったという話は意外でした。地域とはあまり積極的に関わらないという選択もできる中、自らつながりを求めていった当時の心境を教えてもらいました。


 

お店って俺と親父だけの社会しかないから、どうしても窮屈になってくる。そんなときに外に出て行くと、俺と同じように親子で経営に悩んでいるやつとか、従業員抱えているやつとかもいるから刺激になるし、異業種の人もいるからそういう仕事の話を聞く機会にもなる。そこがないと井の中の蛙になっちゃうだろうね」


こうした地域とのつながりは、お店の商品にも活かされています。たとえば、前回紹介した「実篤手ぬぐい」は地元の人たちの協力によって誕生しました。ハンカチサイズの縫製は、地域の主婦が集まり縫い物や家事の代行サービスを行う「てづくり倶楽部「おたすけママ」」が、パッケージの帯のデザイン・印刷は「調布市制施行60周年ロゴ」に選ばれたデザイン会社「パンデコングラフィックス」の原子尚之さんが協力してくださったそうです。(調布市ホームページより


調布で商売をすること

長年調布でお店を続けてこられた田中さん。その過程で調布の街も大きく変化していきました。お客さんに物を売るという商売を続けてきた田中さんだからこそ見える調布の特徴を教えてもらいました。商売が盛り上がる街かどうかのポイントは「ふらっと立ち寄って買い物ができるか」にあると言います。
 

「駅前の商店街が苦労している印象があるよね。これは調布に限ったことではないけど。僕は小売業をやってきたから物販の立場からの話なんだけど、駅前に飲食店だけじゃなくて個性的な雑貨屋さんとかがないと街で買い物をしていってくれないってことは言えそうだね。自由ヶ丘とか代官山って買い物に行く街でしょ。だから人が集まる。調布も人が集まることには集まるんだけど買い物がメインではない。だからこのお店もファンの人は通ってくれるけど、ふらっと立ち寄ってくれる人は少ないってパターンになってるのかもしれないな」


店頭に並ぶ商品
 


店先には最近人気の苔玉もあります
 
和季がある旧甲州街道にも、かつては下駄屋や自転車修理屋、肉屋など様々な業種のお店が並んでいたそうですが、年々その数が減ってしまいました。
そう聞くと個人商店を営むには厳しい環境のようですが、まだまだ調布には面白くなる可能性があると話してくれました。

 

「路地はすごく大事だよね。吉祥寺なんかみてもわかるけど路地に面白い店があると街が活気付く。小さな路地とか住宅街の一角とかに、ちょろちょろっと個性的なお店が増えながらだんだんと街が賑わっていくことが多い。だから個性的なお店をやりたい若い人が挑戦できる街にしていきたいよね。調布駅から布田駅に行く間にも面白そうな路地が5本くらいあるから、そういう路地を活用できるといいと思うな」


そう話す田中さんはデパートの地域フェアに個人として出店するなど常に新しい試みを続けています。理想を語るだけではなく、「やってみる」精神を大切にして自らも参加者となって挑戦し続ける田中さん。その姿からは、商いを通して地域を盛り上げるために大切なことを学ぶことができました。


(記事 : 湯本洋平 / 写真 : 薩川 良弥)

--------

【お店情報 】※現在、お店は閉店しています。
和技香 和季〈かずき〉

住所    調布市 布田 1-43-3 オリエントマンション 1F
TEL    042-482-2775
FAX    042-488-0203
Eメール    kazuki@kf7.so-net.ne.jp
定休日    不定休
営業時間    10時~19時

 




Copyright@ patchwork chofu