"畑のシェア"で地域に畑を開くこと。
シェア畑 深大寺の小津さんに話を聞いて来ました


Posted on 2018-1-29



【記事 / 写真】: 薩川 良弥
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皆さんは野菜を育ててみたいと考えたことはありませんか?
土に触れ、陽を浴びて、緑を育てる。自然に触れるのは気持ちいいし、育てる喜びを感じるということは、とても豊かなことだと思います。
地域に残る田畑は、まちの風景となって、周辺に住む人の気持ちを豊かにさせてくれます。そう考えると、まちに住む方にとって、田畑は大切な資源とも言えると思います。


でも実際に農地を持つ方はどのような思いで農業を営んでいらっしゃるのでしょうか。そこにはどんな苦労があって、どんな喜びがあるのでしょうか。


深大寺北町にある「シェア畑深大寺」。ここでは、畑を区画分けしてレンタルしていて、借りた畑で自由に野菜を育てられます。

今回は、調布で「シェア畑 深大寺」を設置している小津さんにお話を伺ってきました。
元々は会社勤めをしていらっしゃり農業を専門にしていない小津さんが、農地を活用すると決めて、実際に活用してから今に至るまでのお話です。
まちに田畑が残る風景がある事。その裏側にある一つのストーリーを感じていただければと思います。

調布で生まれ育った小津さん



薩川 : 
初めまして、宜しくお願いいたします。

小津さん : 

宜しくお願いします。

薩川 : 
早速なのですが、はじめに小津さん個人のお話からお聞きできればと思います。
今はこの深大寺北町のご自宅(取材先)にお住まいで、シェア畑を設置していらっしゃるのですね。

小津さん : 

はい、そうです。私は今54才。子どもは中学1年の娘と小学校3年になる息子がいます。
妻と4人でここで暮らしています。


薩川 : 
生まれてからはずっと調布にお住まいなのですか?



こちらがシェア畑。取材は真冬でしたが栽培中の野菜でいっぱいでした。

小津さん : 

はい。この辺は住宅が増えましたが、昔は周りがほとんど畑でした。私が小学生の時、通学路はずっと畑の中でしたね。


薩川 : 
今でも調布の北側にあたるこのエリアは、緑も多く時間がゆっくりと流れている感覚になります。

昔はさらに多くの田畑に囲まれていたんですね。

小津さん : 

そうですね。昔はこの辺に肥溜めもあって、友達の弟が落っこちてたのを思い出します (笑)
今はもう無くなっていますが、山野ストアという商業施設が近くにあり、そこに八百屋、豆腐屋、魚屋など、食材が一通り揃うような商店が並んでいて、よく親から頼まれておつかいに行ってました。


薩川 : 
いいですね。懐かしい昭和の風景が思い浮かびます。

小津さんは、元々は会社にお勤めだったとのことですが、畑の運用を始めることになった経緯をお聞きしてもいいですか?



小津さん : 

はい。大学卒業して、情報処理を行なっている企業に入社しまして。
新しい会社の立ち上げに関わって、データ処理や開発なども行なっていました。


薩川 : 
全く農業とは関係ない仕事をされてたんですね。
親御さんから農地を相続されて、活用を始めたという形でしょうか。

小津さん : 

そうですね。祖父から父、父から母、母から私という形で農地を引き継いでいます。
父は、次男だったのですが(一般的には長男が引き継ぐ)長男には子どもがいなかったので、次男である父が引き継ぐことになりました。


薩川 : 
運命を感じますね。お父様は、農業を専業で営んでいらっしゃったのですか?

小津さん : 

いえ、私の父は調布の市役所に勤めていたんですよ。その傍らで農業をしていました。


薩川 : 
その時は野菜を育てて卸してらっしゃったのですか?

小津さん : 

戦前から祖父も父も野菜を作っていたのですが、昭和30年代くらいから高度成長期に入り、父は野菜から植木へと畑を変えて行きました。昭和40年代は景気が良く、植木もかなり売れていたようなんです。
その時期にこの辺の農家の方も野菜から植木に転換していった方は多かったみたいです。


小津さんの畑も元々は植木農家だった。※写真はイメージです。 (画像引用元)

時代の流れによる農家の仕事の移り変わり

薩川 : 
戦後は植木農家さんが増えて行ったんですね。明治初期頃は糸をとるため蚕を育てる農家さんが多かったという話も聞きます。農家さんの仕事も時代の流れで変わっていっているんですね。

小津さん

我が家の近辺は、養蚕をしていた関係で、お盆の頃が忙しかったらしく、その影響でお盆を8月1日にしています。勝手に日にちを変えているので、「勝手盆」というそうです。


薩川
地域が歩んできた歴史の名残が、その様な形で残っているのは面白いですね。


明治初期、蚕を育てる女性の写真 (画像引用元)

小津さん : 

植木も平成の世の中になって、不景気になり、続けるのが難しくなってしまったものですから、淘汰されていったわけですね。私の父は野菜ではなくずっと植木をやったきたので、知識も経験も必要な野菜に急に戻すことはなかなかできなかったわけです。ですので、植木を生産販売を続けていましたが、ほぼ徒労に終わる日々でした。


薩川
時代の流れによって、必要な知識や技術も変わってくる。でもその流れに乗る事も簡単なことではないんですね。農地を持っている方でも、野菜を育てる知識や経験があるというわけではないですし...。
僕もそうですが、畑を持っている方 = 野菜を育てる技術がある、という思い込みがある方もいらっしゃるかもしれません。

小津さん :

私の父も、市役所を退職してからは畑を専業としてやってはいたんですが、2003年に急に亡くなってしまいました。残されたのは母だけ。一人で畑を続けるのは難しいですし、母から「会社を辞めてうちにいてほしい」との熱望もあって、私は会社をやめて畑を引き継ぐことにしました。


薩川 :
2003年からとなると、15年前ですね。

小津さん : 

会社を辞める時に、畑の収入を母に確認したのですが、「大丈夫だから」と半ば説得された形だったんです。でも実際に会社を辞めて戻って来てみると、当時商売の要だった植木は全く売れてない状況で…。その上、毎年税金を払い続けているという状況だったんです。東京電力から線下補償をいただいたりして少々の収入はありましたが、このままではまずいと…。


送電線が上を通る土地を持つ方には、補償金が一定額支給される。※写真はイメージです。(画像引用元)

薩川 : 
一刻も早く畑の運用を考えざるを得ない状況になってしまったわけですね。

小津さん :

確かに地域の付き合いなどもあるので、そもそも母一人では難しかったと思います。しかしこのままでは大変なことになるという状況でした。また父が亡くなったのが急だったので、私に畑のことを何も引き継ぐことはできず、私も何も分からないまま現状を維持すべく日々母を手伝い、地域の活動への参加なども行う様になりました。


地域活動への参加と、地域文化の継承

薩川 :

地域の活動への参加も、地域に根ざす農家さんにとってはきっと大切な仕事ですよね。
元々調布は南に調布町、北に神代村と南北で違う町だったこともあり、特に北側(深大寺側)は、何代も前から住み続けている家系の方も多い地域なので、地縁の関係も深く、お祭りなど地域文化が根付いているという話を聞きます。
赤い丸の深大寺を境に、南は調布町、北は神代村と元々は別々の町だった。(画像引用元)

小津さん

お寺や神社との付き合いはあります。深大寺の村っていうのは、5つの部落から出来上がってます。その5つの部落にそれぞれ神社があって、その中心に深大寺の青渭(あおい)神社があります。
9月に私がいる部落の山野(さんや)の浅間神社のお祭りがあり、10月に青渭神社のお祭りがあります。その2つのお祭りの氏子の役割が当番制で回ってきています。


薩川
お祭りなど地域の文化も、農家の方など地元に根付く皆さんの努力により継承されてきているわけですね。

 
青渭神社のお神輿 (画像引用元)
 
畑を続けようと思った理由

薩川
例えば畑の運用が難しいと思われた時に、ご家族で畑を売ってしまおうという話にはならなかったのですか?

小津さん : 

母からすれば父が残した物を自分で変えてしまうことは到底できなかったと思います。何とか現状維持したいと考えていたようです。


薩川  :
これまで繋いできたものを手放すということは、かなり心苦しい事ですよね...。



小津さん :

そんな母も2014年に急に亡くなりました。
母の遺言は「私が死んだら、畑はあんたの好きなようにしなさい。」ということでした。
そして母の死後、畑をどうすべきか色々考えているところ、シェア畑の情報を得るわけです。


薩川 : 
4年前ですね。

小津さん :

税金の話になるのですが、相続には多額の税金がかかります。
「生産緑地(農業専用の土地)」と「宅地(住宅等を建てられる土地)」とどちらにするのかによって、毎年払う税金(固定資産税)に大きな差があります。我が家の固定資産税から計算したところ、単位面積当たりの税金が、宅地は生産緑地の136倍にもなります。
さらに、相続の時に相続税がかかります。これに関しては農地の持ち主の私が就農して農業を営むことで相続税の猶予を受けるという方法もあります。しかし私は野菜の経験もなく素人同然な上、私が亡くなるまで、農業を続けなくてはいけないというハードルがあります。
いつどうなるかわからないことを考えるとリスクが高いんです。



税金に関する資料を見せていただきました。

薩川 :
農業を営んで野菜を作るとしても、多量の収穫量が必要になりますし、その量を確保するためには畑の広さがないと難しい。しかし広いほど当然土地の価格も上がり、手が必要になる。農地の活用は本当に難しいですよね。調布にもあまり使われてない様子の農地を見かけますが、なぜそうなってしまうかが分かってきますね。

小津さん :

「使っていない」のではなく、恐らく「使いたくても使えない」のだと思います。私の父の様に農業では暮らせないから本業で別のことをやってらっしゃる方もいらっしゃる。その状況の中で、農業委員会の人が来て、ちゃんと農地として活用するように注意がきたりするので、大変です…。


薩川
なるほど…。地域の農地を守るためには、その課題を早くなんとかしないといけないですね。

小津さん :

そんな状況の中、私もどうしようか考えているときに、生産緑地として(固定資産税を安く)、且つ相続税の猶予を受けずに、特定農地貸付法の適用を受けて、農地を活用する方法として、シェア畑の話を聞いたんです。


薩川 :
この形なら、農業の知識や経験がない方でも農地を活用できる。つまり条件を満たせるわけですね。
でも小津さんに相続される時に、宅地として売ってしまうことはお考えにならなかったのですか?
農業に興味がおありだったとか?

小津さん :

誤解を恐れず言うと、私が農業を行うことにはそこまで興味はなかったんですね。父も公務員の家庭だったもので、農家として生きていくというイメージはなかったんです。


薩川 : 
それでも宅地にして農地を売らなかったのはなぜでしょうか。

小津さん :

これまで(母も)守って来た畑ですし、地域の風景が変わるのがやだったり…。
家の前に住宅が並んだりすることに対しては、やはり抵抗がありますね。



シェア畑の目の前に小津さんのご自宅がある


薩川 :
そのお話をお聞きして、幼い頃をこの地域で過ごした思い出や風景が、小津さんの中に残っているからと思いました。やっぱり地元の方として、この場所で育っていることは大きいのではないかと思います。

小津さん :

それもあるかもしれません。家族だけで農業を営むのもイメージが湧かない。でも畑を維持するなら税金がかかる。そのバランスをとったところ、この方法に行き着いたわけですね。


シェア畑について


薩川 :
シェア畑の概要について、詳しくお話をお聞きできればと思います。
どのような仕組みで運営を行われているのでしょうか

小津さん :

シェア畑は、株式会社アグリメディアさんが管理、運営をしている、農地の区画レンタルサービスです。お客さんには区画で畑をお貸しして、そこで野菜を育ててもらいます。
育て方を教えてくれたり、道具の貸し出しや、種まで、必要な物は殆ど用意するので、手ぶらで農業体験ができます。



家庭菜園では難しそうな大きめの野菜もすくすくと育つ


野菜を育てるための道具は一通り揃っている


種も用意され、好きな野菜を育てられる


畑の一部が休憩スペースになっている

薩川 :
小津さんは運営に関わってらっしゃるのですか?

小津さん :

私はほとんど関わってはいません。運営の方が定期的に講習会を開いてくれたり。野菜を育てるのが初めての人にも優しくサポートしてくれています。



※写真提供 小津さん

薩川 :
それは小津さんにとってもありがたいですよね。

小津さん :

そうですね。あとは、イベントを年に4~5回やっていますね。私もなるべく参加させてもらってます。例えばシェア畑で育った野菜で鍋をしたり、カレーを作ったり。あと夏は、流しそうめんとかもやります。



夏には流しそうめんを行う (※写真提供 小津さん)


自分たちの育てた野菜で料理を作り、みんなで食べる。(※写真提供 小津さん)


薩川 : 
なるほど。そこでレンタルされている方同士の交流なども楽しめて、交友
関係も生まれているわけですね。現在、畑を借りられている方はどんな方が多いですか?

小津さん :

自転車で来られるお近くの方が多いですね。薩川さんのおっしゃる人との関係を作るという意味では、近隣の方々同士のコミュニティをつくる場所にはなっているのかもしれないですね。


取材時にいらっしゃったシェア畑を借りて野菜を育てている方。撮影にも快く応じていただけました!

薩川 :
畑を借りられている方同士が知り合える様、イベントなどを通じて、コミュニティマネジメントが行われていることは大きいかもしれませんね。関係を感じる瞬間はどんな時ですか?

小津さん :

シェア畑で、育てて余った野菜をおすそ分けしていただくこともありました。
以前は家族だけで必死に畑を運用してましたが、こうやって畑を開いて色々な方に活用をしてもらうことで、新しい関わりも生まれてきて、とても良かったと感じています。


薩川 :
きっとそういう部分にも豊かさを感じますよね。
農業体験の面白さはもちろん、農地を開くことで、交流を通じご近所の友人が増えていくと言う良さがシェア畑にはあるんですね。

小津さん :

そうですね。食育という意味で教育の場にもなっているかもしれません。
子どもを連れて来る方もいらっしゃるのですが、子どもが土をいじる体験って、なかなかできないじゃないですか。


薩川 :
そうですね。野菜が育つ過程を自分の目で見て体験する。子どもにとってその経験ってとても大事だと思います。


子どもたちも野菜を作る場面も (※写真提供 小津さん)

薩川 :
それでは、最後になりますが、シェア畑深大寺での今後のことについて一言お願いします。

小津さん : 

引き続き、農業を気軽に楽しんでいただくことと、
これからもシェア畑を通じて
色々な方とお会いできればと思っていますので、
ご興味があればお気軽にお越しください。



「あまり社交的な人間ではないと思っているのですが」という小津さんでしたが、奥さまと畑を借りられている方と楽しく談笑するシーンも!


田畑の所有者の方は、様々なことに思いを巡らせて、それぞれの思いの元、農業を営んでいらっしゃいます。これまで受け継がれてきたもの、地域の人との関係、税金の問題、またこれまで農業を続けてきた方は、農家としてのプライドもきっとあると思います。
小津さんは、農業を専門としていた方ではありませんが、それでも農地を残したいと試行錯誤の上、畑をシェアするという道に行き着きました。
地域に田畑が残っていること。その裏に農家さんの苦労や想いがあることを少しでも知っていただき、日常の風景を大切に思う事で、まちに住む方の暮らしも少し豊かになるかもしれない...
そんな気持ちの循環が生まれる事を願って、今回のインタビューを終えたいと思います。


農家の方の負担を減らして行く事が、地域の田畑を守る上で大事だということ、
そしてそんな課題の解決方法の一つとして、「シェア」の可能性を大きく感じたインタビューとなりました。


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シェア畑 深大寺 
3㎡ 5,371円/月
6㎡ 8,149円〜/月
(別途入会金 10,000円)




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